ネパール彷徨記ランタン偏 2025.10
10月11日
同行者の回復状況著しいこともあり
今回ネパールを訪問の本命はこちらとばかりに結局ランタンを慣行する

懐かしくもあるランタン地図を購入後、夕食はタメルに行きたべる

1985’ Dlje Lakpa
3e4c03081114db534e2b34482340fcac.pdf(1985Dljelakpa記事)
10/12 晴れ
ホテル 出発
ガネッシュ山群 (ジープ車窓から)40年前超えたカカニの峠とは別に道路が開発されていたがそれでもS字カーブの続く長い峠を越えてゆく

あ~ドルジェラクパだ
ランタン山群 特徴あるドルジェラクパはすぐにそれとわかる

長い坂を下ると、懐かしいトリスリバサール、ここでポーターが大勢乗ってきたことを思い出す
少し平坦部を走ったかと思うと、又長い上り坂に差し掛かるここでは少し前、道路崩壊で死者が出た為迂回、その道路は細い地道でバスやジープとすれ違いが出来ず、都度バックしたりするので転落しそうな場面が何度もあり肝を冷やす酷い迂回路を抜けたところがこの地名も懐かしいカリガリスタン
舗装路の戻り坂を上り切ったところでチェックポスト、聞けばドンチェだという、40年前ここがキャラバンスタート地点となったところ、今は建物や店も随分増え店様変わりの様相

ランタンインターナショナル公園チェックポストここも立派になって、当時右手の山の斜面に小屋のような建物がありそれがチェックポストだったのだが


小さかった橋は大きな立派なコンクリート橋に変わり、大きな町になっているシャブルベンシ15:00


予定の道路は通行止め 止むなくシャブルベジより歩きとなる

シャブルベンシ 出発15:20
ドミン着 17:30 歩行2:10
すぐに発電所を通過
約2時間ランタンコーラ左岸を歩き
泊地は全時代的な名残(電灯以外は、40年前とあまり変わっていなかった)を残す
天然に生える植物



岩壁におびただしいミツバチの巣が掛けられている

拡大撮影するとこれ

薬品に使ったり、スープに作ったり、香辛料に混ぜたり、時には煙草にも、などという
ドミン17:30着
トレッキング客は若い人々が多く、ガイドはほとんどがネパール人だという、40年前ネパールの人々が、生活手段目的以外で旅行や山歩
きをすることはほとんどなかったはずだが文化というか時代というか時の移ろいを形で感じる
10/13 晴れ
ドミン 7:30出発
タンセン 着19:30 行動12時間
豪音轟くランタンコーラ沿いの急坂を登る

先日の豪雨で崩壊した道の修復中2箇所を通過、寄付を納める


エベレスト街道の教訓からランタンの旅では、ポーターをお願いした
気は優しくて力もち・・
頼りになるポーターさん、その晩暗くなった坂道に何度も出てくる渡渉点をヘッドランプもろくにつけないで、的確に渡石を教えてくれる、まるで動物的なその感覚には驚かされるばかり、又、かの国ではあまり見られないような細やかな気配りが随所に現れ、私たちばかりか途中でお世話地になるロッジに対しても気配りを見せ、それは旅が終わるまで続き、私たちは関心と感謝で、ありがとうの連発だった。

やがて谷が開け、豪音が止むと間もなく、リムチェからラマホテル、
かつて往来した、石を積み隙間には土とヤクの糞を混ぜて塗りこみ、竹を編んだ網を屋根にしていたあの面影は全くなく、人々の衣服、村々をつなぐ様に建つ電柱と電線にむしろ驚く、なぜか昨日のドミンよりも更に進んだ生活環境がある

間もなく暗くなるというのに、ゴラタペラはどこも満室聞けばネパール全土の一週間繰り広げられる祭り「ティハール」で休みが続きネパールの人々がレジャーに興じるのもこのところの傾向だとか

仕方なく、間もなく暮れる山街をヘッドランプ頼りにタンセン向けて急坂を更に歩く、

すっかり闇となった坂をようやく上がったところ突然、照明で照らされた建物、やったー タンセンだ ようやくタンセンに着いたのは19:30
昨夜のドミンと比べ、ロッジの設備(照明、洋式水洗トイレ、無料電源ジャック)の豊富さ近代化、その差に驚く
10/14 晴れ
タンセン 発07:20
キャンジン 着16/00 行動8:40
ランタン 12:00〜13:10
電柱、電線 大きく開けた谷「世界一美しい谷の一つ」と感嘆したティルマンもこの変貌には驚くに違い無かろう
ランタンリルン、ガンチェンポを背に建つ電柱とそれに架かる電線


一トレッカーが安直に自然保護、破壊等と嘆くのは慎もう、この恩恵に預かるのは他ならぬこの地に生きる人々なのだから
(一方ではエベレスト街道の電線地下埋設方法もあるのだが等とこれさえも一トレッカーの安易な思いかも)

人々の支えとされてきたゴンパも家々も人々も、地震により、村の殆どが埋め尽くされたという地変による犠牲者を慰める碑


建替えられたストーパー、ゴンパ、水力で常時回るようになったマニ車
かつて想像もし得なかった氷河湖から水を引き込んだ発電所、数階建てとなり数も随分増したロッジや新しいホテルの数々



40年を隔て、今、電線が張り巡らせられようと、それでもあの懐かしいランタンの谷と山々が目の前にある、懐かしさと云うよりも、むしろ愛おしさを禁じ得ない



私達が泊まったホテルも新しく建てられたものでご多分に漏れず近代化に染められていた
10/15 晴れ
キャンジン 5:15発
キャンジンリ 7:20着 8:00発
キャンジン 9:00着 11:00発
タンセン 17:00着 行動約12時間

未だ明けやらぬ寒さの中、ヘッドランプを頼りにキャンジンリ向け ホテル5:15発
目指す山肌に、先行者のランプ点々と灯る

やがて夜明け、程なくピークのみ朝日に照らされるランタンリルンが美しい

登る斜面から眼下には氷河湖




やがてキャンジンリⅠ4400m 07:20着
それでも
霜柱の山道を登る目の前に、ランタン、ランタンリルン、ヤラピーク、ガンチェンポ、そしてその奥にはウルキンマン、そして我らがドルジェラクパが聳えているはず、残念ながらここからドルジェラクパは見えない、
来てよかったね 互いに笑顔がこぼれ 大きな満たされ感に浸れた







しばし光景を堪能
8:00下山開始
ホテル帰着 9:00 食事後11:00発
あの小さかった小屋のようなチーズ工場は、大きく近代的?になり、保存庫にあるチーズを持たせてもらうとその円盤状の塊はとても重く問えば1つ10kgだと云う
案内してくれた村人に、「私は40年前に来たんだよ」と、いうと、彼は、その時には私の父が働いていたと云った。
DDLJELAKPA GUEST HOUSEと書かれたロッジ

チーズ工場

251015105126739
ずっしりと重い 1枚10㎏のチーズ

あの古めかしかったキャンジンゴンパも大きく綺麗に建替えられ、院内を拝ませて頂く。


キャンジンリの上から眺めた氷河湖、その水で電気をおこす発電所、送水管には凍結防止に保温材が厚く巻かれていた。

昨日辿って来た、山々に囲まれそれでいて大きな広がりを見せるランタン渓谷の美しさ楽しみながら今日はタンセンまで降って行く

長く積まれたマニ石とガンチェンポ

ランタンの谷に名残は尽きない

一昨日と同じタンセンのロッジ 17:00
指さしてspicy or nonspicyと問えば、nononspicyという韓国ラーン(辛)が結構美味しい
10/16 晴れ
タンセン07:50発
シャブルベンシ17:50 行動時間10時間
ランタン、ラマホテルへとガンチェンポとランタンリルンを眺めながらランタン渓谷に別れを告げる
シャブルベンシ1750
シャブルベンシでは新築間もないホテルに宿泊
早速綺麗な設備のシャワーで約1週間キープした身体を洗い流す
ランタンの谷、山々、そしてガイド、ポーターに感謝して皆でビールで乾杯
10/17 晴れ
シャブルベンシ 8:30発
カトマンズ16:30着 ジープに8時間揺られカトマンズへ
大きな落石に塞がれた道路を今日は大型の重機が石を割り通れるようにしてくれるまで10数分待たされる、40年前は人力で石を割り通れるまで半日待った事を思い出す。
舗装道路が多くなったとはいえ、未舗装のガタガタ道も多く、ある種山歩きより大変な思いでカトマンズにやっとこさたどり着きランタンの旅は終わった。
ホテル16:30着
10/18 晴れ
ランタン帰リの翌日はリラックス日
昼食はホテル屋上でビールとチョウメンの昼食
夕食は、SelpaHotelでガイドとポーターを招き彼等を労う食事会
ガイドは面白がって、私にネパールの歌を歌わせる
片言のネパール語で日本人が歌うネパールソングは居合わせた人々に大うけ
レストランのママさんは動画を撮りながら踊ってくれた


